サイレントJAPAN

サイレントJAPANは、スポーツや文化を通して「ろう界」のつながりを構築し日本社会、世界との橋渡しをします。

home.png

ウェブデザイン案2詳細2_03.png

menu_01.pngmenu_02.pngmenu_03.pngmenu_04.pngmenu_05.pngmenu_06.png

サイレントJAPAN代表
古海 幸子(横幕) Sachiko Furumi Yokomaku

一度しかない人生なので、後悔しないように常にチャレンジし、常に前進し、素晴らしい仲間と一緒に、 ろう者が楽しく生きがいをもち社会に貢献する存在になるように頑張りたいと思っています。
よろしくお願いします。

bn_1.png

photo_001.png

img_001.png

古海巨は古海幸子の父です。健在なら92歳になります。
幼少期からずっと父と常にともに行動し、聾の世界を知り尽くしていると自負しています。
Facebookのおかげでろう界を見渡せる様になって、父の偉大さを改めて認識しました。
昭和55年3月に父が亡くなったと同時にサイレント文化・スポーツ連盟を折り畳んでしまいました。
私は聾者の若い世代が増えていく中で、挑戦し続けた歩みを受け継いでいかなければならないという意識が芽生え、サイレントを再開しようと決意しました。
古海巨が昔、旗揚げ活動した団体はサイレント文化連盟、サイレントスポーツ連盟という大きな組織団体でした。
父の33回忌(偲ぶ会)で、父とご縁のあった方々にお集り頂き、父の思い出やエピソード を語り合いながら、足跡を振り返り、若い世代に今より良いろう界にし、彼らにバトンタッチするという使命が私たちにはあると感じました。

私達のろう界は変化が大きく、変化するスピードも速いです。どんなろう界に成長していくかわかりません。
変化が激しいということは、それだけ若者にチャンスがある環境だといえるのです。
時代に流されるより、時代を創っていくほうが間違いなく 充実した時間を手に入れることができます。
言い換えれば自分達で 未来を創ることができる。
私達の手で幸せな未来を創りましょう。

古海 巨(ふるみ ひろし)ヒストリー

古海巨(ふるみ ひろし)氏は、ろう者就職困難と言われている当時、朝日新聞社の社員となりその後、日本聴力障害新聞・元編集長、元全日本ろうあ連盟常任理事(編集部長)として活躍し、ろうあ界の認知・社会進出に貢献し以下の活動について核となり立ち上げ礎をつくった偉人である。

デフリンピック加盟日本代表としてワシントン大会に出場
全日本ろう体育連盟・全東京ろう23区連盟立ち上げ
ろう者が運転免許獲得出来るように働きかけ
邦画『名もなく貧しく美しく』シナリオ制作
身体障害者雇用促進法成立に尽力
日本福祉ベル会館建設の働きかけ
台湾アジア初デフリンピック開催
世界ろう空手・柔道連盟を立ち上げ
デフリンピック競技種目になるよう尽力
など活動は多岐にわたる。
黒柳徹子氏に働きかけて「トット基金」設立に尽力しろう俳優&女優の育成している。

photo_002.png


bn_furumi.jpg

bt_fb.png

bt_yt.png

tl_suponcer.png

有限会社みろく ホームページ制作、イベントプロデュースでサイレントJAPANを応援しています。